「運命」という言葉で美化する

「運命」という言葉で何でも正当化・美化できる。
また、「運命」という言葉で受け入れがたい事態を受け入れることができる。
例を挙げる。

1.マニフェスト・デスティニー
明白な運命、明白な使命と訳される。
西に向かって文明化していくのがアメリカ合衆国の「明白な運命、明白な使命」とする。
西部開拓を正当化し、それに伴う先住民虐殺も土地の略奪も正当化し、美化した。

2.ユング心理学
ユングは「集合無意識」「元型」の概念を精神分析に導入した。
「集合無意識」とは「個人を超えた無意識」ということであり、つまり「人は個人を超えた運命の支配下にある」ということである。
「元型」は人がそれぞれ持っている「理想の異性の型(アニマ・アニムス)」のことである。
つまり、理想の異性は運命的に決まっているということである。
映画「危険なメソッド」を見るとユングは制御できない性欲とフロイトに対する葛藤から「精神分析医を目指すユダヤ人女性」を二度愛人にしている。
精神分析医であるユングは自分の制御できない性欲とフロイトに対する葛藤と向き合うべきである。
しかし、ユングの生き方や理論を見ると、「集合無意識」「元型」の概念を使って愛人の存在も運命ということで正当化してしまったようである。

3.松任谷由実さんの「destiny」
受け入れがたい事態を受け入れる人の心理を描いている。
女性が男性に振られたが、その男性のことが忘れられない。
そこで、忘れられないのは「その男性にまた出会う日にその愛を取り戻すこと」が運命だからだと思って、その日のために着飾って生きていく。
ところが、なんと気を抜いて安いサンダルを履いて歩いていたときに男性に再会してしまう。
そのとき、「気を抜いていたときに男性と会ったのは、もともと男性とは結ばれない運命だったからだ。」と女性は納得する。
どうしようもないことはそれが運命なんだと納得するしかない。
普遍的な人の心理を情景描写の中に描く松任谷由実さんは天才だと思う。

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